ホンダ・レーシングとオフィシャル サプライヤー契約

P7160021.jpgフジコーワとHRC ホンダ・レーシングとの関係は長く、古くはエンジンやオートバイを収納する専用コンテナを提供していました。
その後、2008年の日本ロードレース選手権GP250クラスにおいて、最年少でタイトルを獲得した高橋巧選手に「PROTEX Racing R-2」をサポートするなどのおつきあいが続き、今年から正式にHRCのオフィシャル サプライヤーとなりました。
http://www.honda.co.jp/HRC/jrr/sponsor/

P1070762.JPG今年は、チームスタッフの移動用キャリーケースとして、「PROTEX FP-34 SPECULAR」を提供しています。
https://protex-shop.jp/protexshop/7.1/FP-34SPECULAR/

ご存知のように、ホンダの歴史はチャレンジの歴史です。
1948年に浜松の小さな町工場で自転車用補助エンジンの製造からスタートした本田技研工業は、創業者の本田宗一郎自らオイルにまみれて世界への挑戦を開始し、なんと13年後の1961年には、マン島TTレースで優勝してしまいます。
そして、その後の活躍とチャレンジは、みなさんご存知の通りです。

そして、1902年に盛谷米太郎が盛谷商店として創業したフジコーワの歴史もチャレンジの歴史でした。
世界を駆け巡る日本唯一の国際的スーツケース」としてアルミケースの販売を開始し、日本人で初めて宇宙に行った「TBSの秋山さんが使用したアルミケース」はフジコーワ製でした。
また、加工の難しい総マグネシウム製のアタッシュケースを世界で初めて販売したのもフジコーワでした。

ホンダのチャレンジ
Honda | 語り継ぎたいこと 〜チャレンジの50年〜

フジコーワのチャレンジ
フジコーワの歴史